鍾馗の歴史

鍾馗 鍾馗の由来
伝承では、「玄宗皇帝は病に伏して夢をみた。」熱で苦しむ枕もとに「虚」、「耗」という小鬼が現れ、楊貴妃の香袋と笛を盗んで行こうとしていた。誰かいないのか!と大声で叫ぶと、どこからともなく破帽子をかぶり角帯をつけ革靴をはいたひげ面の大男が現れ、あっという間に鬼を食べてしまったという。

小鬼より怖い形相でたつその者の正体を問うと、「私は終南山の鐘馗と申します。科挙の試験に失敗し、国に帰るのを恥じて自らの命を絶ちましたが、帝に手厚く葬られました恩で鬼を退治するために参りました。」 夢から覚めた皇帝の病は不思議にもすっかり治っていた。そこで、絵師に命じて夢でみたままの鐘馗の姿を描かせ、災厄を祓う守り神とした。」とあります。

鍾馗 鐘馗はこうした伝承から人々の間で邪悪なものや疫病から家を守る魔除けの神として信じられるようになりました。こんな話があります。

江戸時代、京都の、ある家の奥方が原因不明の病で伏していた。手を尽くしても回復しないのに困り果てた医者は、ある日隣の屋根に鬼瓦が載っているのに気付く。もしかしたらこの病は鬼瓦で除けられた災いがこちらに降りかかっているためかもしれない。でもお向かいの鬼瓦を降ろしてくれとは言えない。あれこれ考えた末、深草の瓦職人に鐘馗像を作ってもらい鬼瓦と睨みあう位置に据えたところ、たちまち病は全快したという。

京都にはお寺が多い。それぞれに意匠をこらした見事な鬼瓦が載っている。それまで高嶺の花であった瓦が江戸時代になると安価で庶民も自由に使えるものになり、近所の人間関係を保ちつつも鬼瓦によって除けられた災いが我が家に降りかからないよう、屋根に鐘馗像を据え、また、「虚」「耗」という鬼をも負かしたという伝承から、鬼より更に強い魔除けとして考えられていったようです。

鍾馗 鐘馗さんの置き方に決まりはあるの?
お向かいに鬼瓦がある家の場合には、鐘馗さんを正面から向かい合うように据えます。ところが、お向かいに既に鐘馗さんが載っている時は、お互い睨み合うことがないよう目線をはずして据えたり、鐘馗さんの睨みを笑い飛ばすという意味で代わりにお多福さんをのせるのだそうです。

いずれにしても、角を立てずに円滑な人間関係を保つ「はからい」のように思えます。また、家の鬼門に据えたり、お隣さんとの関係で方位のよくない場所に上げるのは、むしろ災い封じの意味合いが強いように思えます。
 無言で何かに睨みを効かせる鐘馗さん。表情や姿は千差万別、でも人の思いは鐘馗さんに平穏を託しているように思えてなりません。それに無機質ではない温かみと伝統の技から醸される高貴さは見る者の心にいにしえへの憧れと懐かしを感じさせてくれるような気がするのは、きっと私だけではないでしょう。