Retirement

最後のレース
ファクトリーのオファーを辞退した翌年の全日本選手権第1戦。はるばる鈴鹿まで遠征した。しかし何故か気持ちが乗っていない。
予選も激しく攻めることはなく、ほとんど後ろのグリッドについた。気持ちがレースに入っていないのだ。予選のこんな位置でも悔しくないなんて初めてのことだった。
レースは淡々と走った。抜かれても何も感じなかった。完全にツーリング状態だ。
レース後、もうレースを辞めようと決意した。こんな気持ちで走っていたら、真剣に勝負する奴らに失礼だ。
レースから身を引いて
アパートの近くの中華料理屋さんは、出世払いだと言って、時折タダでご馳走してくれた。いつも頼りにしていたバイク屋さんは、「金はいらねぇ」と言って新品の部品をくれた。頼みもしないのにレースのときはいつもピットに入って、サインボードを出してくれた同級生たち。みんな、みんなに支えられながら走り抜けた。
不思議なもので、レースから一切身を引いたら、知り合いのレース結果も頓着することはなくなった。まるで別世界の出来事のように感じた。その後、サーキットを走ることは一切なくなった。
レースをリタイヤしたら、急に生活が楽になった。そしてその数年後、結婚した。今の生活の中で、レースを物語るものは何1つ無い。もう、本当に普通になってしまったのだ。
あの激しかった感情はもう2度と戻らないだろう。