■ Weと HTML

HTMLが生まれた背景とWebの歴史について述べます。Web制作に直接関係ないので読み飛ばしてもかまいません。しかしながら、本格派を目指すならポイントとなる項目があるはずです。

Webの誕生
Webができるまでのインターネットは、情報があっても、入手方法や検索が難しく、誰もが気軽に使えるものではありませんでした。基本操作はコマンドラインで、何かするためには、「get」 やら 「archie」 やらとキーポードで入力する必要があったのです。
こうしたネット上の情報をもっと簡単に利用できるようにするために、WWW (World Wide Web) というシステムが作られました。Webでは、テキストを読むのも、イメージを見るのも、キーワード検索するのも、データをダウンロードするのも、Webプラウザひとつでできてしまいます。操作は視覚的で、呪文のようなコマンドを入力する必要もありません。
Webの理念
Webの目的は、ネット上の情報を簡単に利用できるようにすることであり、
このような理念を持って作られました。誰もが情報にアクセスし、発信することができる。発信された情報はリンクによって有機的に結ばれ、知識の電脳網が構築されていく。それこそが、理想の Webのシステムとして考え出されたのです。
共有可能なドキュメントフォーマット
Webの理念どおりのものを作ろうとすると、Webページはどのようなコンピュータでも扱えるドキュメントフォーマットでなければいけません。特別な OSの、特別なアプリケーションがなければ見ることができない、というのではだめなのです。
そこで、SGML (Standard Generalized Markup Language) が注目されました。
SGMLは、文書データを共有するための言語で、政府公文書の記述などに用いられていました。SGMLでは、文書データを普通のテキストデータとして扱います。テキストファイルであればどのようなコンピュータでも扱うことができるので、SGMLビューワーがなくても、OS に標準装備されたテキストエディタさえあれば読むことができたました。
そのため、最低限のコンテンツはどのようなプラットフォームのコンピュータでも見ることができるというわけです。
HTMLの誕生
しかし、SGMLは言語的に難しく、誰もが簡単に使えるものではありませんでした。そこで、SGMLを簡素化して、ハイパーリンクなどWeb特有の機能を盛り込んだ HTML (Hyper Text Markup Language) が作成されました。
HTMLは、どんなコンピュータでも扱うことができて、誰でも簡単に使うことができるという、Webの理念を満たす言語として採用されることになったのです。
コンテクストの記述とアクセシビリティ
コンテクストとは
HTMLは、コンテクスト(文書の論理的な構造)を記述するための言語です。コンテクストとは、「見出し」や「段落」といったコンテンツの構造のことで、HTMLではタグを使ってこの構造を記述します。
コンテクストを記述する理由
コンテクストを記述すると、どのようなユーザでも情報を得ることができるという、アクセシビリティを確保することができるようになります。
HTMLはテキストデータですから、どのようなコンピュータでも読むことは可能です。とはいえ、単なるテキスト情報を読むよりも、どうせなら見出しや段落は他と区別するなどして表示した方がわかりやすいに決まっています。
ワープロソフトのように文字の大きさやフォントの種類を決めてしまうと、受信環境にそのフォントがなければ、きちんと表示することができません。けれども、ここが見出し、ここが段落、といった論理的な構造情報が付加されていれば、受信環境で使えるフォントを使って、可能な限りわかりやすく表示することができます。
また、受信環境に合わせてフォントサイズなどを決めることができるということは、ユーザーが読みやすいように「本文をもっと大きな文字で表示する」といった調節ができるということです。視覚障害を持つ人の利用を考えると、音声プラウザでは声色を変えたり、見出しであることを告げるなどして、そこが見出しであることを強調することができます。
こうした処理は、どこが見出しであるかをプラウザが判断できなければできないことです。そして、どこが見出しであるかを示すものが、HTMLタグであるというわけです。
ビジュアルデザインの始まり
コンテンツの変化
もともと Webにあるコンテンツは、論文や技術書などの文書データが中心でした。しかしそれは、イメージを貼り込めるブラウザ Mosaicの登場によって一変します。それはまだ1993年のことでした。
イメージを貼り込めると言っても、今のように細かなコントロールができるわけではなく、テキストの間に挿入できるだけという、本当にシンプルなものです。それでも、テキストだけだった Webの世界でのインパクトは大きく、Mosaicを対象としてさまざまな情報が発信されるようになっていきました。
(Mosaic=米NCSA(National Center of Supercomputing Applications) によって開発された、World Wide Webなどのインターネット上の情報ソースにアクセスするためのクライアントソフトウェアの名称。)
ビジュアルデザインのコントロール
コンテンツが多彩になっていくと同時に、Webページの見た目をもっときれいに、かっこよくしたいと思う制作者が増えていきました。しかし、HTMLは構造を記述するものであるため、見た目のコントロールは思うようにできません。つまり、HTMLは整形処理のための言語ではないということです。
この頃から、本文の左側にインデントを取るのに blockquote を使うといった、本来タグが示す構造的な意味を無視した使い方がされるようになっていきました。(ちなみに、blockquote は「引用」を意味するタグです)
Netscapeの登場
Webページのビジュアルデザインヘの要望が高まる中、1994年には Netscapeというプラウザが登場しました。NetscapeHTMLタグを独自に拡張することで Webページのビジュアル表現を向上させ、Webそのものの普及にも大きな役割を果たしました。
独自に拡張された HTMLタグは文書構造を記述するものではなく、Webページの見た目を直接コントロールするものであったため、リリース当初は批判も多くありました。しかし、改行なしで文字の大きさを指定できる font タグや、文字をページの中央揃えに表示でさる center タグなど、ページ制作者にとっては魅力的なものが多く、利用者の増加とともに事実上の標準となっていきました。
余談ですが、Netscape社が Mosaicの技術者をゴッソリ引き抜いて Netscapeブラウザが開発されたという話がありますが、本当のところは ブラウザの歴史を呼んでください。
Internet Explorerの登場
1995年になると、Microsoft Internet Explorer 2.0 が登場します。Internet Explorerは、Netscapeが拡張したタグにも対応しており、ここから本格的なブラウザ戦争が始まります。シェア争いの過熱と共に、独自タグの拡張にも拍車がかかっていきました。
それぞれのブラウザの独自タグは、制作者にとって悩みの種です。一方で表現できても他方では無視されたり、違う動きを起こしてしまうからです。制作者の中にはそれぞれ2通りのページを用意するという現象まで発展しました。本当に困ったもんだわい。
Microsoft社は OSにバンドルしてまたたくまにブラウザのシェアを奪い、アメリカで訴訟問題にまで発展したことは記憶に新しいところです。当時、Microsoft社の OS (Windows95、98)が寡占状態だったことから自らの OSのカーネル(核)にブラウザを影響させ、Internet Explorerを削除すると OSが不安定になったりしていました。
また、コンピュータメーカーに圧力をかけて、他のブラウザを排除することによって、米国司法省から独占禁止法案に抵触したとして告訴されました。
ただし、Windows2000、及び XP では、新しいサービスパックをインストールすると、Internet Explorerを削除できることができるようになりました。裁判の和解案を実行したと思われます。
最近ではマイクロソフト離れがアメリカを中心に加速し、やがて新たなプラットフォーム Linuxが台頭し、日本政府もオープン・プラットフォームを採用する動きが出ています。健全なソフトウェアの発展を考えると、歓迎すべき事象と考えることができます。


This Page is HTML4.01 Valid! 初版公開日 2002年5月1日  最新更新日 2004年1月30日
Copyright(C) 2002-2008 banban